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女優・綾瀬はるかをゆる~く傍観していきます。
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虎馬FC2

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どうでもいいですけど

いまだにセカチューを語るときに

『世界の中心で、愛を叫ぶ』と誤記するアホがいてイライラします。

もうそれだけで、似非ファンであることがバレちゃいます。




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ということで、たまにはサービスカットをちょっとだけ貼り付けてみます。


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このふたりのブルマ姿を見れば

誰だって元気になります(笑)。


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連休中にドラマを一気見してて

ソラノウタについてもちょっとだけ考えたことがあって

それを書いてみたいと思います。


写メしたのは このドラマのファンと名乗るなら当然持ってるDVDBOXで

案外しっかりした作りのソラノウタが特典として同封されています。



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早速、ドラマの画面でソラノウタの内容を紹介していきます。


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『生きていくあなたへ』と言う亜紀の声だけで

もう十分に泣けるんです。


何度も観て内容はわかっているのに

亜紀が死んで17年後のシーンなので

不意を突かれた気持ちになっちゃうのかな

久しぶりに懐かしい声を聞いた錯覚に陥ってしまうんです。





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ここまでは 亜紀が大好きだったアボリジニの詩なんですが


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そもそも ソラノウタは アボリジニの詩と真島くんの絵と朔太郎の写真を編集したもので

それは…


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絵本を編集する仕事がしたいという

亜紀の将来の夢でもあったのだが

検証したいのはこの後



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ここからの詩は亜紀のオリジナルです。


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おまえは最後に聞く

隣のあの子はどこへ行ったの?


すると私は答えるだろう

もう見えないよ

なぜなら、おまえの中に いるからさ


おまえの脚は、あの子の脚だ





自分は死んで朔太郎と同化する。

亜紀はこの考えをどこで手に入れたのだろう?

朔太郎は亜紀の死後17年

亜紀の骨を持ち続けて亜紀の死を受け入れられず過去を彷徨っていたのに。



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俺は 朔太郎のおじいちゃんのことをヒントに

亜紀がソラノウタを完成させたんじゃないかと思っています。


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原作では おじいちゃん自ら朔太郎にこの詩の意味を説明してますが

亜紀は谷田部先生にその意味を享受してもらいます。


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諸々の理由で愛し合っていても生き別れて別の人生をおくった

朔太郎のおじいちゃんと元カノのサトさん


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出征時、サトさんが見送ったであろう駅で

せめて死後の世界で一緒になりたいという

おじいちゃんの願いを朔太郎と共に叶えてあげた亜紀は

自分の死後 朔太郎が右往左往しないように

自分は死ぬことですでに朔太郎と同化したんだよと

朔太郎に伝えたかったんじゃないか

朔太郎と生きることで

死ぬことに負けたくなかったし


それが亜紀の性格だから。



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連休中に つい通しで観てしまい

おぼろげながらに考察したことを書いてみたいと思います。


タイトルに記した「17年」とは

もちろん、亜紀の生涯の17年であり

朔太郎が上京後、帰郷するまでの17年なんですが

放送当時から 「なして17年で刻んでくる?」っていうのが謎でした。


俺は、綾瀬はるかをもう一度登場させたくて

実は亜紀が入院している間に 亜紀ママに新しい命が宿っていて

17年後、17歳になった亜紀そっくりの妹と朔太郎が再会?すると言う

クズな妄想をしたものだが

それは現実的なものではなくて

ブタネコさんはブタネコさんで

『17年後のそのまた17年後に答えがある』

などと 意味深な言葉を残したまま、もう何も聞くこともできずにいましたが。



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ヒントは この『ソラノウタ』と

松崎港での 朔太郎と亜紀パパの会話にありました。



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亜紀が朔太郎へ贈るつもりで描いた『ソラノウタ』は

不慮の出来事で亜紀の両親に渡ってしまうんですが

明らかに朔太郎宛てとわかっていても

これは、亜紀の遺作であり遺書でもあるから

親の感情としては 朔太郎に渡すわけにはいかなかった。


一方の朔太郎にしても

想像を絶する喪失感の真っ最中に

『おまえの脚は、あの子の脚だ』とか

『がんばれ』と言われても頑張れるわけがなかったので

これはこれでよかったのかも知れない。


そして…


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17年を経て、『ソラノウタ』は朔太郎へ


注目したのは、亜紀パパの言葉。




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今まで俺は 当然と言えば当然だけど

朔太郎側から17年を考えてきた。

でも 亜紀パパ側から考えて初めて見えてくるものもあると思うんです。


17年後、朔太郎に渡せなかった『ソラノウタ』をここで渡せたというのは

亜紀を失くした痛みが薄らぐまでに17年…

つまり 亜紀が生きた年月と同じ時間が必要だったのではないか

言い換えれば 亜紀パパは亜紀が生きた年月と同じ時間をもう一度亜紀を感じて生きてきたのではないのか


失くした痛みを忘れるために。

生きていくために。


そのための17年だったのではないのかと。



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今夜で、ドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』は12周年を迎える。

12年間絶え間なく見続けるドラマは 生涯もうないだろう。



想い出はいつも優しいものだと思っていた。

辛い記憶は時を経て濾され角が取れ

残された懐かしさが増幅されるからこそ想い出せる。



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しかし 松本朔太郎の涙は そのときからかたちの変わらない痛みだ。


身体の痛点を使った記憶法があるように

きっと心の痛点で刻まれる記憶もあるはずだ。


ドラマは 松本朔太郎が刻まれた痛みの記憶を

想い出にリサイズできるまでを描いているんだな。きっと。






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キャプチャを取るために ドラマを見返し

不覚にも またこのシーンで廣瀬亜紀の虜になってしまう。


逢えない日は逢える日を一日千秋の思いで待ちわびるのに

逢えた日は その日その時間が次に逢えるまでに一番遠いんだと思い落ち着かない。


忘れ去っていた あのせつなくてどうしようもない遠い日の恋愛に

廣瀬亜紀が灯をともすのだ。



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ブタネコさんの記事に触発されて
俺もエンディングについて少し書きたくなったのだ。

思えば、俺がブログを始めるきっかけのひとつは間違いなくブタネコさんの書かれるセカチュー記事に触発されたからに他ならない。

俺のハンドルネームの『虎馬』は
ブタネコさんのブログタイトル『ブタネコのトラウマ』から勝手に頂戴したものであり
そもそも このハンドルネームは
ブタネコさんのブログに書きこむためだけの名前だったのだ。

しかし 俺の妄想的な書き込みにつき合わせてばかりはいられないとある日気が付いて
じゃあ俺自身がブログをやってみようかと思ったのだった。

パソコンは、『世界の中心で、愛をさけぶ』を検索するために始めたようなものであり
いざ、ブログを書こうにも右も左もわからない。
それで、当時 日参していた

・ブタネコさん
・kuma6663さん
・takuさん

この3人のブログを参考… トレース…
いやいや 白基調、青文字を真似して始めた(笑)。

そして 俺がブログを始めて唯一の自慢は
この3人に相互リンクを貼っていただいたことです。
何人もいたセカチュー関連のブロガーでこれは俺だけ
当の3人は自分をリンクできないので
これは俺にとってのグランドスラムだったのだ。


え~と なんだっけ?
そうだ!ドラマのエンディングについてだった。


ドラマ版『世界の中心で、愛をさけぶ』は
ストーリー、脚本、キャスト、音楽、主題歌、、、どれを取っても秀逸であり
いや、その破綻のない集合体のバランスこそが名作たるゆえんだ。俺の中で。

柴咲コウの『かたちあるもの』が流れるエンディングは
ドラマの中にグッと入りこんだ俺を
これはドラマだったんだと気がつかせてくれる映像であり
また 結末を知っているがゆえに
元気で無邪気な亜紀の姿にもう一度涙する場所でもある。



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何故にこのエンディング映像に引き込まれるのか?
単に8ミリで昔風に撮っているからではない。


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このドラマの主な舞台となった1987年は ソニーのハンディカムなど 家庭用撮影ビデオカメラが普及し始めた頃だ。
きっと朔太郎は 松本写真館から売り物の8ミリを持ち出して
亜紀と交互にお互いを撮り合っていたんじゃないかと想像していまうからだ。

『亜紀、8ミリなんだから動いてよ』
『そんなこと言われてもわかんないよ、朔が見本見せてよ』
『わー!逃げるな!』
『バーカ!(笑)』

俺はきっとこのときふたりがしたであろう会話を妄想をしながら見てしまう。
そしてこのときふたりは この後の運命にまったく気がついてないことを思うと涙が出るのだ。


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マーガレット

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