
直木賞を受賞した西加奈子の『サラバ!』を読了。

西加奈子の宗教観に俺は賛同したい。
『サラバ!』は、圷歩(あくつあゆむ)が生まれてから37歳までを綴った物語だ。
イランで生まれた歩(あゆむ)には
美しい母親と猟奇的な姉と
家族のすべてを受け入れる優しい父親がいる。
イラン、大阪、カイロ、大阪、東京。移り住む場所全部で歩は愛される。
それは愛されて当然の容姿からだったし
愛される自分を幼い頃から意識して演じていたからだ。
ぶっ飛び過ぎる姉と
母親よりも女である母親との確執は読んでいて辛かった。
こんな姉がいたら最悪だ。
俺の友人の弟がアル中で散々迷惑をかけた末に死んだとき
その通夜に友人の父親が俺に意外なことを言った
友人よりも弟の方が可愛かったと。
その意味を俺は子供ができてはじめて知った。
結局親は、子供の至らなさを自分の責任に感じちゃうんだよね
だから、不憫だし愛おしいし。
西加奈子の人物描写はユニークで
何気ないエピソードがくだらな過ぎて滅茶苦茶笑えた。
特に○○○菌は場外ホームランだった(笑)
西加奈子は、何で男の子の気持ちがわかるんだろう?
そして、『サラバ!』の主人公は何故男の子だったんだろう?
もしかしたら 作者自身が生まれ育った場所と時代に
男だったらという目線で歩を書いたのかもしれない。
とにかく、父親の優しさにはヤラれた。
優しさというよりは甲斐性かな。
すべてのクレヨンを家族に渡しちゃうみたいな
ちょっとのことくらい許してやれよと母親には言いたくなる。
姉の迷走はサトラコヲモンサマを経てなおも迷走し続けたが
世界を放浪して終着点を見つける。
歩は大学進学を機に上京
家族から解放されてようやく自由になるが
それが崩壊の始まり。
身も心もボロボロになったとき
救いの手を差し伸べたのは 皮肉にも散々憎んで嫌った姉だった。
迷走し放浪していたのは歩の方だったのだ。
ヤコブとの再会には泣かされた。
すべての道が開かれていた、輝かしい未来が広がっていた頃に出会った異国の友人が
その頃と同じように受け入れてくれた。
自分を待っていてくれる人がいる
自分を信じること
神とは自分自身で
神が見ているというのは
自分が見ているということだ。
『あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけない。』下巻の最後の一行が
上巻の最初の一行に繋がっているのがニクイ(笑)