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連休中に つい通しで観てしまい

おぼろげながらに考察したことを書いてみたいと思います。


タイトルに記した「17年」とは

もちろん、亜紀の生涯の17年であり

朔太郎が上京後、帰郷するまでの17年なんですが

放送当時から 「なして17年で刻んでくる?」っていうのが謎でした。


俺は、綾瀬はるかをもう一度登場させたくて

実は亜紀が入院している間に 亜紀ママに新しい命が宿っていて

17年後、17歳になった亜紀そっくりの妹と朔太郎が再会?すると言う

クズな妄想をしたものだが

それは現実的なものではなくて

ブタネコさんはブタネコさんで

『17年後のそのまた17年後に答えがある』

などと 意味深な言葉を残したまま、もう何も聞くこともできずにいましたが。



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ヒントは この『ソラノウタ』と

松崎港での 朔太郎と亜紀パパの会話にありました。



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亜紀が朔太郎へ贈るつもりで描いた『ソラノウタ』は

不慮の出来事で亜紀の両親に渡ってしまうんですが

明らかに朔太郎宛てとわかっていても

これは、亜紀の遺作であり遺書でもあるから

親の感情としては 朔太郎に渡すわけにはいかなかった。


一方の朔太郎にしても

想像を絶する喪失感の真っ最中に

『おまえの脚は、あの子の脚だ』とか

『がんばれ』と言われても頑張れるわけがなかったので

これはこれでよかったのかも知れない。


そして…


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17年を経て、『ソラノウタ』は朔太郎へ


注目したのは、亜紀パパの言葉。




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今まで俺は 当然と言えば当然だけど

朔太郎側から17年を考えてきた。

でも 亜紀パパ側から考えて初めて見えてくるものもあると思うんです。


17年後、朔太郎に渡せなかった『ソラノウタ』をここで渡せたというのは

亜紀を失くした痛みが薄らぐまでに17年…

つまり 亜紀が生きた年月と同じ時間が必要だったのではないか

言い換えれば 亜紀パパは亜紀が生きた年月と同じ時間をもう一度亜紀を感じて生きてきたのではないのか


失くした痛みを忘れるために。

生きていくために。


そのための17年だったのではないのかと。



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コメント
虎馬さんの考察には、やはりリアルタイムから今日までずっと追ってきた深さがあり、感服するばかりです。
連休中一気観されたのですね。私は、松崎を訪れていました(6年ぶり2度目)。今は、一気観したい欲求にかられています。

ブタネコさんの、朔パパとしてもソラノウタをすぐに朔に手渡すことは出来なかった、という考察は私も拝見していましたが、それ以上朔パパの視点からは考えたことがありませんでした。
朔パパにとってもある種喪失の17年だった、ということでしょうか。個人的に、三浦さんがインタビューで「17年引きずるなんてありえない」といったニュアンスの答えをしているのを公式サイトか何かで拝見した覚えがあり、演者本人(三浦さん)の個人感が私の朔パパの捉え方にまで引きずられていた部分もあるような気がします。

「忘れたいのでも忘れないのでもなく忘れていく」というのは、不可抗力というか、時の経過に伴う必然的なものなので、朔のようにラジオを聞いて亜紀を探しに行ってしまうような抗うことをせず(そうなることなく)、朔パパは忘れさせていく「時」の流れそのままに生きてきて、それを朔に伝えている、そんな感じで見ていました。ドラマを見て確かに朔パパの台詞に唸らせられていはいたのですが、実は、その必然に気付く、これが必然という結論に至るのって大変なことではないか、と虎馬さんの記事をみて、はっとしました。
朔が17年経って亜紀の骨を撒けたように朔パパも17年経ってソラノウタを朔に渡せた、とシンメトリー的にきれいに捉えてみましたが、そこまではどうなんでしょうか。
朔から訪ねてきたのが17年目であり、朔パパはそれより早くソラノウタを朔に渡せる心情にいたっていた気もします。それとも朔パパにも同じく17年が必要だったのか・・・虎馬さんの「亜紀が生きてきたのと同じ17年をもう1度亜紀を感じて生きてきた」というのは、そこまで言えると捉えられますでしょうか。
私は情緒なく虎馬さんの考察をさらに物理的(具現的)に考察してしまったのですが、朔パパが、「忘れたいのでも・・・」の結論に至るには、亜紀を忘れていくこと(そしてそれに気付くこと)が必要になると思うのです。すなわち、朔パパが亜紀のことを意識するほど(聞いて思いだそうとするほど)に忘れるようになったのが17年目近くからで、そして17年目に「忘れたいのでも・・・」の結論に至った(最初は忘れることへ焦りみたいなものを感じていたのではないでしょうか)とするならば、朔パパが17年目にソラノウタを朔に渡せるようになるにも、やはり17年が必要だった、ということになるのかなと。

・・・長々と失礼しました。私はまだ、セカチューの海の中を漂っています。

2017/05/16 02:14 mossom URL [ 編集 ]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/05/16 02:22   [ 編集 ]
mossomさん
> 虎馬さんの考察には、やはりリアルタイムから今日までずっと追ってきた深さがあり、感服するばかりです。
> 連休中一気観されたのですね。私は、松崎を訪れていました(6年ぶり2度目)。今は、一気観したい欲求にかられています。


俺も松崎に行きたいです。



> ブタネコさんの、朔パパとしてもソラノウタをすぐに朔に手渡すことは出来なかった、という考察は私も拝見していましたが、それ以上朔パパの視点からは考えたことがありませんでした。


ブタネコさんの記事のキャプチャは
一部表示されなくなって来てますから
今のうちに再見しておかなければなりませんね。


> 朔パパにとってもある種喪失の17年だった、ということでしょうか。個人的に、三浦さんがインタビューで「17年引きずるなんてありえない」といったニュアンスの答えをしているのを公式サイトか何かで拝見した覚えがあり、演者本人(三浦さん)の個人感が私の朔パパの捉え方にまで引きずられていた部分もあるような気がします。


当時、ニッポン放送の上柳アナのインタビューに同じ事を答えていました。
ロケ地が遠い事柄かなり不満だったようです。



> 「忘れたいのでも忘れないのでもなく忘れていく」というのは、不可抗力というか、時の経過に伴う必然的なものなので、朔のようにラジオを聞いて亜紀を探しに行ってしまうような抗うことをせず(そうなることなく)、朔パパは忘れさせていく「時」の流れそのままに生きてきて、それを朔に伝えている、そんな感じで見ていました。ドラマを見て確かに朔パパの台詞に唸らせられていはいたのですが、実は、その必然に気付く、これが必然という結論に至るのって大変なことではないか、と虎馬さんの記事をみて、はっとしました。
> 朔が17年経って亜紀の骨を撒けたように朔パパも17年経ってソラノウタを朔に渡せた、とシンメトリー的にきれいに捉えてみましたが、そこまではどうなんでしょうか。
> 朔から訪ねてきたのが17年目であり、朔パパはそれより早くソラノウタを朔に渡せる心情にいたっていた気もします。それとも朔パパにも同じく17年が必要だったのか・・・虎馬さんの「亜紀が生きてきたのと同じ17年をもう1度亜紀を感じて生きてきた」というのは、そこまで言えると捉えられますでしょうか。
> 私は情緒なく虎馬さんの考察をさらに物理的(具現的)に考察してしまったのですが、朔パパが、「忘れたいのでも・・・」の結論に至るには、亜紀を忘れていくこと(そしてそれに気付くこと)が必要になると思うのです。すなわち、朔パパが亜紀のことを意識するほど(聞いて思いだそうとするほど)に忘れるようになったのが17年目近くからで、そして17年目に「忘れたいのでも・・・」の結論に至った(最初は忘れることへ焦りみたいなものを感じていたのではないでしょうか)とするならば、朔パパが17年目にソラノウタを朔に渡せるようになるにも、やはり17年が必要だった、ということになるのかなと。

朔太郎がラジオの放送に気がついたのは
谷田部先生のハガキが送られて来たからだと思います。
そして朔太郎が帰郷しなければ亜紀パパがソラノウタを渡すこともなかったはずで
起点は谷田部先生…じゃなく、高校の改装ということになりますね(笑)。

朔太郎に亜紀パパが言ったことは、そのまま亜紀パパが自分に言い聞かせた言葉でもあると思います。
俺、もう充分だろうと。


2017/05/17 06:06 虎馬 URL [ 編集 ]
しかし放送時が2004年ですから、13年経つ作品なのですね。

時が経って、親の感情で観た解釈というのも
長年、観返しているからできる事なのかも。

先日、北の国からがBSで放送されていて
放送当時は純目線で作品を観ていたのですが
この歳になると、五郎目線で観てしまいました。

それに近いことなのでしょうか。
違ったらごめんなさい。

今回の考察でのブタネコさんのコメントも読んで見たかったです。
2017/05/18 16:32 canstyle URL [ 編集 ]
canstyleさん
> しかし放送時が2004年ですから、13年経つ作品なのですね。
>
> 時が経って、親の感情で観た解釈というのも
> 長年、観返しているからできる事なのかも。


放送当時、すでに長男が高校生だったわけですから
はじめから親目線で観ろよって話なんですけどね(笑)。


>
> 先日、北の国からがBSで放送されていて
> 放送当時は純目線で作品を観ていたのですが
> この歳になると、五郎目線で観てしまいました。

何を言われるかわかりませんが
このドラマ、まともに見たことがありません。
好き嫌いじゃなくて、仕事だったり、裏番組を見ていたとかでしょうけど
縁がなかったんです。


> それに近いことなのでしょうか。
> 違ったらごめんなさい。


正解ですよ。たぶん(笑)。



> 今回の考察でのブタネコさんのコメントも読んで見たかったです。


きっと鼻で笑われたでしょう(笑)。

できるなら笑って欲しいです。


2017/05/18 17:56 虎馬 URL [ 編集 ]
連休中に一気見ですか、危険な罠ですね。
見始めると、止まらない気がして我が家ではDVD箱はしまい込んでます。

今回の記事にブタネコさんの反応が無いと、今更ながら喪失感が込み上げてきますね。仕方なくブタネコさんの昔の記事を再見してました。
その時にふと思ったのですが、ブタネコさんのブログが今だに残っているのは、奥様が維持費を出し続けてくれているのですかね。

ブタネコさんに一度聞いて見たかったのですが、奥様はブログの存在を知っていたのでしょうか?
奥様に見られた怒られそうな「鬼嫁的な描写」もあったし、内緒にしてたのかな?
でも、せかちゅうのTV放送を最初に見ていたのは、奥様と娘さんだった筈だし、ブログの存在を知っていた奥様は見て見ぬ振りをしていた可能性も有りますね。
2017/05/18 20:47 森の管理人 URL [ 編集 ]
亜紀はソラノウタをどういった形でサクに
渡すつもりだったのかと思っています。

亜紀は両親や友人や谷田部先生にはテープを
残し、TV版の亜紀はタクシーに
乗った時点でサクを突き飛ばしてしまうので
(これらの体力が亜紀にあったかどうか別にするとして)、
亜紀の計画では、航空券とかの手配は
サクに頼むとしても、1人でウルルに
ソラノウタを持ったまま行くつもりと思っています。

>不慮の出来事で亜紀の両親に渡ってしまうんですが

不慮の出来事と言えばそうなのですが、
亜紀は、突き飛ばしたサクに追い付かれた時点
でも、ソラノウタを渡していないとなると、
あえて亜紀の両親からソラノウタが
サクに渡るような形を望んでいたのでは?
遺品(その一つのソラノウタ)が両親に渡るのは当然でしょうから。

最終話でウルルに遺灰をまくことを言って
息を引き取る形。

サクが亜紀の両親にきちんと挨拶するように
なってから(亜紀が生きた証のためにも、亜紀の死を受け入れ、
生きて行く決心をする)、ソラノウタがサクに渡ることを
亜紀は考えていたのかなと。

だからもちろん不慮ではあったのだけど、実は
ソラノウタがサクに渡る形は、亜紀が最初から考えていた通りの
シナリオだったかも。
さすがにサクが自分の骨をビンに17年も詰めて立ち直れないとは亜紀は
考えていなかったでしょうが。

まあこれは、ドラマは何度か見た上での
私の勝手な想像、解釈だし、
不慮な形と基本的には思ってもいるのですが。

亜紀パパは夢島で亜紀が倒れた時、サクを殴ったり、
病名が判明した時にはサクが悪くないと
解っていても憎むしかないような形で
動揺していましたが、ソラノウタを
渡すタイミングについては、私はサクの挨拶を
待っていたのではないかと思っています。

綾瀬はるかを初めとし、学生役を演じた
役者達は当時の桜井幸子の年齢ぐらいになっている
のに時の流れを感じます。夏帆ちゃんは子供すぎる。

去年のスタパで夏帆ちゃんが出演していて
海街4姉妹はカンヌでお揃いの指輪を買って持っているそうです。
2017/05/19 00:00 すぎこう URL [ 編集 ]
森の管理人さん
> 連休中に一気見ですか、危険な罠ですね。
> 見始めると、止まらない気がして我が家ではDVD箱はしまい込んでます。


1年に何回かは通しで観てしまいます。
今年は連休が最初になりました(笑)。



> 今回の記事にブタネコさんの反応が無いと、今更ながら喪失感が込み上げてきますね。仕方なくブタネコさんの昔の記事を再見してました。
> その時にふと思ったのですが、ブタネコさんのブログが今だに残っているのは、奥様が維持費を出し続けてくれているのですかね。
>
> ブタネコさんに一度聞いて見たかったのですが、奥様はブログの存在を知っていたのでしょうか?
> 奥様に見られた怒られそうな「鬼嫁的な描写」もあったし、内緒にしてたのかな?
> でも、せかちゅうのTV放送を最初に見ていたのは、奥様と娘さんだった筈だし、ブログの存在を知っていた奥様は見て見ぬ振りをしていた可能性も有りますね。


前にも書いたと思いますが
義理の息子さんがどうやらブログの存在を気づいていたようです。
それを奥さんに教えたか
そもそも知っていたか
それは勝手に想像するしかありませんね。
でもね、俺が考えるに、たとえば俺のかみさんがブログをやっているとして
それもかなり趣味に走ったものとわかったら
俺は見るだろうかと思えば
恥ずかしくて見れません(笑)。
現実的に、俺の場合、かみさんも息子たちもブログの存在を知ってますが
ブログについての話をしたことはありません。
facebookを登録したときに息子ふたりも登録してることがわかり
ちょっとだけ覗いたことがありますが
それはもう恥ずかしくて恥ずかしくて
見るもんじゃないなと思いました。

なんだか答えになってなくてすみません(笑)。



2017/05/19 13:18 虎馬 URL [ 編集 ]
すぎこうさん
> 亜紀はソラノウタをどういった形でサクに
> 渡すつもりだったのかと思っています。
>
> 亜紀は両親や友人や谷田部先生にはテープを
> 残し、TV版の亜紀はタクシーに
> 乗った時点でサクを突き飛ばしてしまうので
> (これらの体力が亜紀にあったかどうか別にするとして)、
> 亜紀の計画では、航空券とかの手配は
> サクに頼むとしても、1人でウルルに
> ソラノウタを持ったまま行くつもりと思っています。
>
> >不慮の出来事で亜紀の両親に渡ってしまうんですが
>
> 不慮の出来事と言えばそうなのですが、
> 亜紀は、突き飛ばしたサクに追い付かれた時点
> でも、ソラノウタを渡していないとなると、
> あえて亜紀の両親からソラノウタが
> サクに渡るような形を望んでいたのでは?
> 遺品(その一つのソラノウタ)が両親に渡るのは当然でしょうから。
>
> 最終話でウルルに遺灰をまくことを言って
> 息を引き取る形。
>
> サクが亜紀の両親にきちんと挨拶するように
> なってから(亜紀が生きた証のためにも、亜紀の死を受け入れ、
> 生きて行く決心をする)、ソラノウタがサクに渡ることを
> 亜紀は考えていたのかなと。
>
> だからもちろん不慮ではあったのだけど、実は
> ソラノウタがサクに渡る形は、亜紀が最初から考えていた通りの
> シナリオだったかも。
> さすがにサクが自分の骨をビンに17年も詰めて立ち直れないとは亜紀は
> 考えていなかったでしょうが。



10話で、タクシーに乗るとき朔太郎を突き飛ばしてから後
電車のホームで、亜紀はソラノウタを入れたトートバッグを見て
『忘れちゃった』と言ってます。
ウルルへ出発の日は朔太郎の誕生日なので
たぶん、ソラノウタは誕生日のプレゼントだったんではないでしょうか。



> まあこれは、ドラマは何度か見た上での
> 私の勝手な想像、解釈だし、
> 不慮な形と基本的には思ってもいるのですが。
>
> 亜紀パパは夢島で亜紀が倒れた時、サクを殴ったり、
> 病名が判明した時にはサクが悪くないと
> 解っていても憎むしかないような形で
> 動揺していましたが、ソラノウタを
> 渡すタイミングについては、私はサクの挨拶を
> 待っていたのではないかと思っています。


ドラマでははっきり謳っていないし
何度も見返しながら考えてみる
何年経ってもそういう楽しみがあるドラマだと思います。

2017/05/19 13:28 虎馬 URL [ 編集 ]
ありがとうございます、虎馬さんに意見に納得しました
>10話で、タクシーに乗るとき朔太郎を突き飛ばし
>てから後
>電車のホームで、亜紀はソラノウタを入れたトー
>トバッグを見て
>『忘れちゃった』と言ってます。
>ウルルへ出発の日は朔太郎の誕生日なので
>たぶん、ソラノウタは誕生日のプレゼントだったんではないでしょうか。

10話のご指摘の部分を見返して、なるほど、
確かに「忘れちゃった」と亜紀は
言っていますね。その直後にサクが追い付いて
亜紀に声をかけた時に、
ソラノウタをバッグの奥に押し込むように隠す
のは 少し引っ掛かりますが、虎馬さんの見方に
納得です。亜紀がソラノウタをサクに渡す
タイミングについては、何回か観ているうちに
引っかかっていたので、それが解消されました。
ありがとうございます。

>ドラマでははっきり謳っていないし
>何度も見返しながら考えてみる
>何年経ってもそういう楽しみがあるドラマだと思います。

死生観(ドラマでは、ソラノウタで一つの死生観を
記述していますが)は、自分にとって、普遍的な
テーマなので、私は何度も観たり、考えたり
するかなと思っています。

10話の亜紀と谷田部先生のやり取りとか色々
考えてしまいます。亜紀と亜紀両親のカニクリームコロッケにまつわる
食事シーンとか切ないです。

前から気になっているのは「かたちあるもの」という主題歌名。

この歌自体についてでなく(おそらく語りつくされているでしょうし、ドラマやエンドロールとマッチして好きな曲です)、
最終話のサブタイトルでもある「かたちあるもの」の言葉の意味についてです。

今更かもしれませんが、これを検索してみると「かたちあるものは
全て壊れる」とか諸行無常に繋がるので、
曲名として意外に深いのではないかと
思い始めています。

私自身、無宗教ですし、仏教云々について
語る気はありませんが、
このかたちあるものという言葉は、
ソラノウタに少し重なるものもあるかなと
思い始めています。

実際はソラノウタは、一話や最終話のテロップに
ある「今日は死ぬのにもってこいの日」という
本からの引用らしいので、死生観としては
アボリジニの死生観であるため、
かたちあるものとは少なくとも一致はしないのですが。

また亜紀と小林親子(特に明希)に触れられている
10年目の~の記事についてはコメントさせて
頂こうと思います。虎馬さんに一喝されるかも
しれませんが。。。
2017/05/20 00:16 すぎこう URL [ 編集 ]
すぎこうさん

> 10話のご指摘の部分を見返して、なるほど、
> 確かに「忘れちゃった」と亜紀は
> 言っていますね。その直後にサクが追い付いて
> 亜紀に声をかけた時に、
> ソラノウタをバッグの奥に押し込むように隠す
> のは 少し引っ掛かりますが、


ソラノウタの内容は遺書のようなものですから
亜紀は朔太郎にソラノウタを渡してから単独行動する予定だったと思います。
追い付いたときに渡して中身を開けられたら案外困りますよね(笑)。


> 前から気になっているのは「かたちあるもの」という主題歌名。
>
> この歌自体についてでなく(おそらく語りつくされているでしょうし、ドラマやエンドロールとマッチして好きな曲です)、
> 最終話のサブタイトルでもある「かたちあるもの」の言葉の意味についてです。
>
> 今更かもしれませんが、これを検索してみると「かたちあるものは
> 全て壊れる」とか諸行無常に繋がるので、
> 曲名として意外に深いのではないかと
> 思い始めています。
>
> 私自身、無宗教ですし、仏教云々について
> 語る気はありませんが、
> このかたちあるものという言葉は、
> ソラノウタに少し重なるものもあるかなと
> 思い始めています。
>
> 実際はソラノウタは、一話や最終話のテロップに
> ある「今日は死ぬのにもってこいの日」という
> 本からの引用らしいので、死生観としては
> アボリジニの死生観であるため、
> かたちあるものとは少なくとも一致はしないのですが。


ソラノウタに
枯れ葉は何の役に立つのか?
土を肥やすためさってあります。
つまりこれは亜紀の死を肥やしにして
朔太郎の未来を生きてくれってことですよね。
亜紀は死んでいなくなるけど
ソラノウタというかたちのあるものを残したかったんじゃないかな。

関係ないですけど
そしてもちろん持ってはいると思いますが
『かたちあるもの』のシングルCDは
ドラマが放送開始してしばらく経って発売されました。
そのカップリングの2曲がまた強烈な死生観を歌ったもので
より深くドラマの世界に入り込んでしまうことになりました。
自分が亜紀を失くした気持ちになってしまったというか
朔太郎になりきってしまったというか(笑)。
特に松井五郎作詞の『哀しみを許して』を聴くと
亜紀の亡霊を見てたあの頃に戻りそうになります。



2017/05/20 22:18 虎馬 URL [ 編集 ]















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